人とAIの協働で信頼性を担保
——近い将来、VCB点検支援AIエージェントが実装されると思います。その時、現場での運用はどのように考えていますか。
林 秀樹(はやし ひでき)
株式会社 日立パワーソリューションズ
デジタルサービス戦略推進室 室長 博士(情報科学)
林
実際の運用では、従来の点検プロセスにAIによる確認を追加する形を想定しています。人を減らしたりダブルチェックをなくしたりするのではなく、人とAIの協働により保守業務の信頼性をさらに高めていく、という考え方です。
社会インフラを支えるミッションクリティカルな現場では、決して判断をAI任せにはせず、現場の知見を学んだAIによる注意喚起と人による責任ある意思決定を組み合わせて、信頼性を追求していくことが重要です。
——人とAIの協働という考え方は、フィジカルAIの世界でも重要なテーマになりそうですね。
武田 卓也(たけだ たくや)
株式会社 日立製作所
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット AI CoE HMAX&AI推進センター
兼 フィジカルAI推進センター Manager
武田
フィジカルAIというと、ロボットや完全自動化のイメージが先行しがちですが、その本質は人を置き換えることではなく、人の能力を拡張することにあると考えています。特にミッションクリティカルな現実世界においては、いくら現場の知見を学習させたとしても、AI単独では求められるレベルの信頼性を容易に担保できるものではありません。AIが集めた判断材料を、フロントラインワーカーが持つ現場理解に基づく意思決定と組み合わせることで、初めて安心して活用できるものになるのだと思います。人とAIがそれぞれの強みを生かしながら協働する。その積み重ねの先に、フィジカルAIの発展があると考えています。
AIエージェントの民主化に向けた取り組み
——VCB点検支援AIエージェントは、「AIエージェントの民主化」のファーストステップということでした。この観点では、いまどのような取り組みを進めていますか。
林
現場が自らAIを活用し、課題を解決できる環境の実現——つまり「AIエージェントの民主化」に向けて現在、Google Cloudの協力のもと、Gemini Enterpriseのインストラクターを交えたワークショップを開催しています。AIの基礎知識やツールの使い方を学ぶ座学に留まらず、現場の課題を自ら発見し、その解決に資するAIエージェントを自ら作るところまでを体験するプログラムとなっており、これまでに6回開催し、約140名が参加しています。
参加者の多くはテキストを扱う生成AIの利用経験はあるものの、画像などを扱えるマルチモーダルAIに触れるのは初めてです。ワークショップでは、「自分の業務ならこんなことができるのではないか」と、アイデアが次々と生まれており、現場自らがAIを活用して課題解決に取り組む機運が着実に高まっていると感じています。こうした取り組みの定着によりAI活用の裾野が広がり、現場変革のスピードもさらに加速していくでしょう。
朝木 克利(あさき かつとし)
株式会社 日立製作所
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部
HMAX&AIサービス本部AIサービス推進部 担当部長
朝木
ワークショップでは、今回のVCB点検支援AIエージェントの実際のプロンプトをひな形として活用してもらっています。実は開発当初から、将来的に現場の皆さんが再利用しやすいよう意識して設計していました。プロンプトはマークダウン形式で整理し、どんなことをどんな順番で書けばよいのかが分かりやすい構造にしています。もちろん使っているのは自然言語ですし、ノーコードです。今回のAIエージェントで活用した画像比較の考え方なども、そのまま参考にできるようになっています。
最初から誰もが思い通りのAIエージェントを作れるわけではありません。しかし、「ここまではできたが、ここでうまくいかない」と相談してもらえれば、そのプロンプトを叩き台として私たちも具体的な支援ができ、AIの現場適用をより迅速に進められるようになると考えています。
仁禮 和典(にれい かずのり)
株式会社 日立パワーソリューションズ
グリッドソリューション本部 グリッドサービス部 受変制御サービスグループ
グループリーダー 主任技師
仁禮
実際、この取り組みをきっかけに、すでにさまざまなAIエージェントのアイデアが生まれています。たとえば、保守・点検作業では工具の設備内への置き忘れが重大事故につながる可能性があります。そこで、作業前・後に工具類を撮影し、置き忘れの有無を判定するAIエージェントの検討が進んでいます。
また、ガスタービンの保守においても、今回のVCB点検支援AIエージェントと同様に、画像比較を活用した点検支援ができないかという取り組みが始まっています。
さらに情報端末を持ち込めない通信不通エリアの現場などでは、点検結果や測定値をチェックシートへ手書きで記録し、その後事務所に戻ってシステムに入力する作業が発生します。
こうした手書き情報を画像AIでデータ化し、システムに自動入力するAIエージェントの検討も進めており、これが実現すれば保守業務の効率化に大きく貢献できると期待しています。VCB点検支援AIエージェントは一つのユースケースに過ぎません。現場にはまだ多くの課題があり、AIが活躍できる余地は無限にあると感じています。
日立は、フィジカルAIの社会実装をお客さまと協創する「フィジカルAI体験スタジオ」を開設。そこでは、VCB点検支援AIエージェントも体験できる。
日立のIT、OT、AI、そしてドメインナレッジを連携
林
私たちは、このプロジェクトにおいて、現場の知見を組織の資産として蓄積し、AIを通じて共有することで、保守品質の向上と現場変革のスピード向上を実現していきます。
その結果として、お客さま設備の安定稼働や稼働率向上にこれまで以上に貢献できるようになるでしょう。
また、お客さまごとに異なる課題に対しても、より迅速にソリューションを提供できる体制も築いていけると考えています。そしてお客さま設備の先にいる利用者の暮らしや事業活動に、より高い信頼性や新しい価値を届けられるようお客さまのお手伝いをしていきたいと考えています。
——日立グループとしては、この取り組みで得られた知見を今後どのように生かしていこうと考えていますか。
武田
フィジカルAIが現実世界で価値を発揮するためには、現場のドメインナレッジを学び、業務や設備の特性を深く理解することが不可欠です。その点、日立グループは、日立パワーをはじめ、鉄道、エネルギー、製造など幅広い現場を持っています。さらに、長年培ってきたIT、OT、AIの知見も有しています。
私たちはいま自らが持つ現場で、直面する課題に対してドメインナレッジを取り込んだフィジカルAIを実践し、そこで得られた知見や方法論をお客さまとの協創へと展開する取り組みを加速しています。フロントラインワーカー不足や技術継承、社会インフラの老朽化といった課題は、世界中で深刻化しています。日本の現場で培われた高度な知見を取り込んだAIが新たな価値を生み出し、それが国内外のさまざまな現場へ広がっていくことは、日本の産業競争力の向上にも大きく貢献すると考えています。
※本記事に記載の会社名、製品名は、それぞれの会社の商標または登録商標です。










