CEATEC 2025の日立ブースで展開された「ドメインナレッジ×AI」による現場変革。大盛況に終わった日立ブースのメインステージ。その対談レポートのラストとなる本稿で取り上げるのは、ハピネスプラネットのCEOで日立製作所(以下、日立)フェローも務める矢野和男とのセッションです。
ブースレポート(詳細はこちらを参照)のコマ展示紹介でも触れた「経営者の思考の伴走者 創造AI『FIRA』」を基に、澤と矢野がAI時代の「創造性」に迫りました。
「生成AIの時代は終わった」 未来のデシジョンへの期待が高まる
澤
自己紹介をお願いします。
矢野
私は日立に42年おりまして、データやAI、人間について研究してきました。専門は量子力学で、その知見を社会や経済に生かすことに取り組んでいます。
矢野和男(ハピネスプラネット 代表取締役CEO/日立製作所 フェロー/博士(工学)、IEEE フェロー)
澤
矢野さんは、テクノロジーの人というより「幸せを追求している人」っていう印象なんですよね。今日のテーマには「経営者」という言葉が入っていますが、それが小さく感じられるほど大きな領域で仕事をされています。まさに今、テクノロジーが社会や人間そのものを大きく変えようとしていますが、その現状をどう見ていますか?
矢野
ものすごい地殻変動が起きていますね。それはAIの登場によるものですが、私が言っているのは生成AIではありません。私はもう「生成AIの時代は終わった」とさえ思っています。なぜなら、生成AIは“中二階”のような過渡的な技術だから。生成AIは過去のデータを使う技術であり、未来のデシジョン(意思決定)には向きません。
もちろん、データが貴重な世界もありますよ。それは、言語や物理現象のように物事のルールに「繰り返し」があり、「ほとんど変わらない」世界です。データを分析することで普遍的な法則性が分かりますから。しかし、未来に向けて行動する場面ではどうか。世の中は絶えず変わるので、過去のデータをいくら見ても参考の域を出ませんし、生成AIを使っても本当のことは分からない。
澤
データは過去のものであり、それを用いて未来のデシジョンはできないと。矢野さんが言っているのは、繰り返し処理を自動化できる時代がようやく来た結果、未来のことだけ考えられるようになってきた。それが地殻変動だ、ということですね。
澤円(日立製作所Lumada Innovation Evangelist、圓窓 代表取締役 Lumada Innovation Evangelist)
矢野
そうです。人間が担わなくて済む仕事は大いにAIに任せたらいいでしょう。しかし、未来に向けてデシジョンして前へ進む――これは人間しかできないことです。
600人の異能が議論する創造AI「FIRA」とは何か
矢野
私は、これからはAI(人工知能)ではなくIA(Intelligence Amplification:知能増幅)が必要だと話しています。人間に代わるAIも必要ですが、より重要なのは人間の力や知力を拡張するIAです。IAには、付加価値をつくる、事業のトップラインを増やす、人間を成長させるといったことが期待できます。正解のない未来に向けてIAを使い、われわれの力を創造的にブーストすることが求められます。
澤
その点で興味深いのが、ハピネスプラネット発の「FIRA」ですよね。どういうものなんですか?
矢野
FIRAは「創造AI」です。さっき「生成AIの時代は終わった」と話しましたが、これはAIが、生成AIから創造AIに変わるという意味です。創造AIは、人間の創造性を拡張したり、付加価値を増やしたりするAIです。FIRAという名前は、ルネサンスが生まれた場所「フィレンツェ」に由来します。ルネサンスは、特定の天才がひらめいたのではなく、多様な人々が絡み合い、ぶつかり合う――そうした化学反応をファシリテートする「場」があったからこそ生まれたのです。その原理をAI上につくるのがFIRAです。
澤
どういったことをしてくれるんですか?
矢野
鋭い視点と専門性を持った600人の異能(知見やノウハウをAI化した人格)が、ユーザーのデシジョンをサポートします。異能はそれぞれ幅広い知識を持っており、それらが連携して新しい選択肢を提案するんです。過去のデータから回答を提示するのではなく、異能同士が絡み合い、ぶつかり合ってユーザーのパフォーマンスをブーストさせます。
澤
「ご利用イメージ」を見ると、「異能たちを選択」って書いてありますね。ユーザーが議論してほしい異能を選ぶ?
矢野
選択しないこともできます。選択しないと、600人の異能からAIが自動でファシリテートします。そのテーマに最もふさわしい異能が登壇し、役割を果たしたと思ったら自動で降壇する。登壇した異能が勝手に意見を述べるのではなく、異能A×異能B×異能Cのように連携、衝突しながら解決策や選択肢をその場で生み出すんです。
澤
まさに「創造」ですね。
矢野
2025年8月に提供を開始していて、実は日立の経営陣もかなり広く使っています。4月に発表した日立の新経営計画「Inspire 2027」の背後でも、このFIRAが活躍していたんですよ。
コマ展示では「正解のない経営に、創造的な答えを」をテーマに、600人の専門家(異能。上画像右が一例)が経営の伴走者となる様子を紹介。
データ準備やプロンプトスキルは不要で、異能と共に思考することで新たな問いやアイデアの創出につながります。
AIの真価と、人間がすべき「創造」という仕事
澤
こういうサービスを見ると、人間とAIの境界線がなくなってきているなぁと感じるんですが、矢野さんはこういう時代が来るって予見されていました?
矢野
いやぁ、こんなに急速な変化は誰も予見していなかったと思いますよ。AIが言語を扱えるようになったインパクトが大きかったですよね。それまでのAI研究は、正しい文法を学ばせようとして苦労していました。しかし「Transformer」(トランスフォーマー:文章の関連性から文脈を捉える仕組み)で過去のデータと文脈から言葉を選ぶ方法に変えたことで、突然AIが人の言葉を理解できるようになったんです。
澤
コンテキストの解釈が浸透して、今の生成AIの流れになったわけですね。
矢野
はい。ただし、生成できても創造には至らなかった。どうすれば創造できるのか。その一つの答えが化学反応を起こす「場」です。新しいアイデアや人間が現れては消え、絡まり合うというのは、実は量子論の世界で数学的に定義、定式化されています。そうした背景をAIに取り入れたのがFIRAです。
澤
FIRAを使うと、LLM(大規模言語モデル)を使ったAIアシスタントとは異なる答えや提案が得られるんですか?
矢野
それを実証するために、幾つかのビジネス課題についてFIRAと13種類のLLMに質問し「どれだけ創造的か」をLLMにブラインドで評価させました。その結果、FIRAの回答がダントツで優れていると判断されました。LLMとは全く違うレベルの回答が返ってきたんです。
澤
企業経営は、会社の器を使って社会課題を解決し、その対価として報酬を得たり株主から投資を得たりするものです。そうした仕組みの中で、経営者としての意図を組み込むときにFIRAがお手伝いできるんですね。
矢野
はい。ある企業の経営幹部に「激変する時代に、うちはどう対応すべきか」といった、正解のない経営課題をFIRAに聞いてほしいと言われました。それに対して、歴史に強い異能が「江戸末期の長崎が参考になる」とアドバイスしました。一方で、物言う株主の異能は「AIで効率化した分、どうせ仕事が増えるのだから旧態依然とした体制は変わらず、今までのことを繰り返すだけ」と言ったんです。
澤
それ、リアルに人間が口にしたら周りが仰天するやつですよね(笑)。
矢野
そうなんです。AIの良さの一つは「面と向かって人に言えないことを臆さず言えること」です。企業経営や事業プロジェクトは正解のない営み。未来に向けて何かを始めるとき、忖度(そんたく)せずに意見をくれる人がいるだけで進め方が全く変わりますよね。
澤
なるほどなぁ。ちなみに、AI時代に人間は何をすればいいのかと悩むケースも多いと思うんですけど、それに対して矢野さんはどう答えます?
矢野
正解のない問題に取り組むことです。正解のある問題はAIの方が得意ですから。正解のない問題に対してテーマを決め、多様な選択肢を判断して責任を持って行動する。その行動の中には、人間を動かすということも含まれます。こうした営みは、人間がやるべきだし、やりがいもあります。その際に個人や個社の狭いバックグラウンドだけでやるのではなく、600人の異能と一緒にやる。すると乗り越えるべき壁が低くなり、視野は広くなってより良い結果に向けて前進できます。
澤
日本人は、正解がある前提の教育を長く受けている傾向があって、社会に出てからも正解ありきで仕事に取り組みがちですよね。今は、それが根底から変わろうとしている。正解のない状態から自由になったとも言えます。矢野さんは先行して、正解のない自由を楽しんで生きてきたように見えますね。
矢野
そっちの方が楽しいじゃないですか? 人間が、虫や動物と違うのは人間らしい知能を持てることです。人間らしい知能とは、創造性です。創造性はウェルビーイングの話につながります。人間は、創造性を発揮しないと幸せになれない。幸せの中核に創造性があるんです。
仕事にも人生にも壁があり、制約があり、人間関係がある。しかし、そこで自分なりの糸口や突破口を見いだす。それが創造性です。創造性は、デザイナーやクリエイターだけのものではありません。私のミッションは、多くの人間が創造性を持てる世界をつくることです。FIRAはその一助になります。経営者だけではなく、皆に使ってもらえるサービスです。
澤
米国の友人が「AIで変わらない仕事」を幾つか挙げています。アントレプレナーシップ、リーダーシップ、クリエイティビティーです。まさに創造性ですよね。創造はAIにやってもらう必要はないし、人間に残しておいて良い領域です。人間がやった方が、はるかに面白い結果になるはずです。
矢野
AIと人間が協働することも大事ですね。ハピネスプラネットは日立からスピンアウトして5周年を迎えましたが、大きく変わったのはこの1年です。それは、創造AIを毎日使うようになったから。その間、売り上げは2倍になっています。創造的になることと業績を上げることは表裏一体であると皆さんに伝えたい。そういう状態を日本中、世界中につくりたいんです。
澤
FIRAで異能とされているような人物は……リアルに人間として会うとまあまあ面倒くさかったりします(笑)。でもAIならそんな面倒に遭遇せず、彼らの知見を借りられます! ぜひ多くの人に使ってみてほしいですね。









