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止まることが許されない社会インフラの保守現場は、多くの課題を抱えている。バックオフィスからフロントラインまで、AIが「現場の暗黙知」をどう支えるのか――“現場大好き”な澤円が、日立パワーソリューションズの森脇紀彦とCEATEC 2025で語った。

CEATEC 2025の日立ブースでは、「ドメインナレッジ×AI」による現場変革のソリューションを数多く提示しました(詳細はこちらを参照)。本稿では、その中核となる考え方を掘り下げたメインステージの対談セッションにフォーカス。日立パワーソリューションズ(以下、日立パワー)の森脇紀彦が登壇した「社会インフラを支える現場へのAIエージェント導入」をレポートします。“現場大好き”な澤円が森脇と語る、AI導入のリアルと社会インフラの未来とは。

「縁の下の力持ち」として社会インフラを支える日立パワー


森脇さん、よろしくお願いします。早速ですが、日立パワーの事業内容から教えてください。

森脇
当社の事業は社会インフラの保守がメインです。電力や上下水道の制御コンピュータなど、止まると全国民に影響が出る社会的な責任が極めて大きい領域です。他にも、再生可能エネルギーといったグリーン分野の事業も行っています。

森脇紀彦(日立パワーソリューションズ 執行役員CLBO デジタルサービス戦略推進室長 博士(工学))


社会インフラは歴史が長いですよね。東京の「汐留」「水道橋」といった地名もそうですが、江戸時代に整備されたものが今も現役だったりします。そこで培われたノウハウを現代に適用させているんですね。

森脇
はい。日立自身が電力や鉄道のインフラ装置を提供していますし、「縁の下の力持ち」として関わってきた歴史があります。インフラ機器は30~40年は使われますから、その期間、適切なメンテナンスが求められます。老朽化したインフラが事故を招くケースが増えているので、それらをどう解決するかが今後は非常に重要です。

保守の受け付けの「初動判断」をAIが効率化


2025年3月26日に、日立製作所が出した「AIエージェントを使った手法」に関するニュースリリースの事例に取りあげられていますね。これはどういうものですか?

森脇
保守対応の初動を担う「サービスレスポンスセンタ」の業務を効率化するAIアプリの事例です。社会インフラの保守業務は、マニュアルや過去の障害事例など参照すべきドキュメントが膨大です。そのため、障害の原因分析や対策立案に時間がかかり熟練者の経験にも依存していました。

そこで、大量のドキュメントを高速に検索して読み解くAIを活用して障害内容に応じた適切な情報を即座に検索できるアプリを開発しました。これにより、保守の受付担当者の初動判断を迅速化し、現場の負担軽減とお客さまへの対応速度向上を図りました。


社会インフラのサポートセンターは、家電などの一般消費者向けコールセンターと違ってドキュメントも膨大でしょう。対応時間や対応品質に対しても、非常に厳しいレベルが求められそうですよね。

澤円(圓窓 代表取締役 日立製作所 Lumada Innovation Evangelist)

森脇
24時間365日、専門家が待機して、お客さまと密接にコミュニケーションを取りながら対応します。複雑なものは対応に1週間かかることもあります。原因究明だけでなく、適した部品を現場に持っていって対応しなければ問題が解決しません。ある課題の解決策を、他の課題解決に生かす取り組みも必要です。そうしたサイクルを短くすれば、サービスの信頼性を高められます。


社会インフラはオーダーメイドの「一品もの」も多く、代替品を送って終わりというわけにはいきません。だからこそ、対応で得た学びをデータ化し、ナレッジとして蓄積することが重要になる――そうした部分をAIにシフトし始めているわけですね。

森脇
まずは、一番のボトルネックになっていた大量のドキュメントから正しい解決策を見つけるというところにAIを適用しました。お客さまからの問い合わせに、AIで対応することも技術的には可能になってきました。ですが、社会インフラ領域のお客さまは、トラブルの際には即座に誰かが対応するようなサポートを求めていると思います。


AIはスピードや物量で貢献できますからね。AIは疲れませんし、勘違いも少ない。そうしてAIが正しい対処を支える一方で、人は「安心を提供する」といった役割に注力できますね。

現場の「作業ミス」をどう防ぐか? AIが画像解析で解決


10月10日に日立製作所が出した ニュースリリースについても教えてください。Google Cloudとの戦略的なアライアンスに関する事例が取りあげられていますね。

森脇
はい。先ほどのニュースリリースはどちらかというとバックオフィスの話でしたが、こちらは現場で修理作業や確認作業をしているフロントラインワーカーに役立つAIの話です。

オフィスワーカーの課題解決のカギは大量のドキュメントでしたが、フロントラインワーカーにとってのそれは「画像」です。ある保守作業で機器を分解した後にそれを戻す際、部品の付け方を間違えたりコネクターの接続を誤ったり――そういったことがどうしても起きてしまいます。作業の様子を画像として撮っておけばAIがその差分を判断して「これは違うんじゃないか」と教えてくれる。

こういった画像を含めたマルチモーダルAI領域はGoogleが得意なので、そこを一緒にやろうという、そういう取り組みの発表ですね。


僕は以前、家電を分解して組み立てたことがあるんですけど。不思議なもので、何度やっても絶対にねじが1本余るんです(笑)。もう使わない家電とかプラモデルならどうってことないですけど、社会インフラを支える機器に置き換えて考えると……怖いですよね。

森脇
実は、コンデンサーの極性を間違えて取り付ける――という事例は実際にあると聞いています。日立パワーは受変電設備の配電盤内の主機器である真空遮断器を複数の保守員で点検していますが、ボルトの取り付け方向の誤り、コンデンサーの電極配線接続ミス、放電クリップの外し漏れといった人的ミスが発生していないかどうかという懸念は残ります。そこで、保守作業の前後に撮影した画像を比較し、原状復帰の合否判定が可能なのかをGemini Enterpriseを使ってトライアルしました。保守員はAIエージェントに画像を読み込ませるだけで、設備や機器に問題があるかないかをアラート情報として簡単に受け取れます。

フィジカルAIの台頭で「現場はより面白くなる」


ちなみに、森脇さんは現場に足を運ぶことも多いんですか?

森脇
行きますよ。私も澤さんと同じで“現場好き”なので(笑)。


最近、日立の吉田順さん、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄さんと一緒にセミナーに登壇する機会があったんです。その際、入山さんが、両端が上向いている「スマイルカーブ現象」の話をしていました。一方の端は経営層で、もう一方は現場です。AIが普及すると、この両端の重要性はますます高まると言うんですね。

一方で、中間でカーブが下がるのは「管理層」です。これは決してネガティブな話じゃない。AIが管理業務を担ってくれるおかげで、多くの人が「経営」や「現場」の仕事に集中できるようになるんです。現場の仕事はグリップ感があってワクワクするなぁと感じるんですけど、森脇さんはどうですか?

森脇
うん、分かりますね。


ですよね。多くの人が、そうした仕事に触れる時間が増えるのはすごくいいことだなと。結局、どんなにAIとロボットが発達しても現場の「人」の仕事は完全にはなくならないと思うんです。

森脇
AIのトレンドとしてフィジカルAIが出てきましたが、ロボットに保守作業を任せようとしても難しい部分はまだ多い。人ならドライバーを使って簡単にねじを外せるシーンでも、ロボットはまだできません。

今後はそうした現場にもロボットは入ってくると思いますし、入ってこないと現場が回りませんが、澤さんが言うように人にしかできない作業は必ず残ります。だからこそ、ロボットと人がどう協業するかを考えたいですし、それによってこれから現場はより面白くなると思いますね。


社会インフラの作業は命懸けです。命の危険を極力減らすことにも、AIは相当力を発揮しますよね。そうした事例もすでにありますか?

森脇
はい。今取り組んでいるのはウェアラブル端末を保守担当者が身に着け、その映像をAIで分析しながら、危険なシーンでフィードバックするといった仕組み(以下、画像参照)です。OTの世界ではさまざまなリスクが発生するため、それをどう防止するかが大きなテーマです。

ウェアラブル端末を用いたAI活用については、コマ展示「NVIDIA AIテクノロジーを活用した安全管理の高度化ソリューション」でも紹介。経験豊富な熟練技術者の手順をデジタル化し、それを学習したAIがウェアラブルカメラ(上画像、右)の映像や音声をリアルタイムに解析。学習した内容と異なる(危険な)作業手順をAIが検知すると、アラートで通知(上画像、左)します。現場作業員の人財不足への対応や現場の安全性を向上させる取り組みです。

現場の「暗黙知」をデータ化し、社会課題の解決へ


第3次産業革命(インターネット)に続き、第4次(AI)が来ました。まさか、自分が現役の間にもう1回、産業革命が来るとは思っていなかったんですよね。私たちは今、そんな真っただ中にいて――正直、すごく面白くないですか?

森脇
面白いですよね! かつてのテクノロジーは「専門家のもの」でしたが、最近は幅広い人に開放されている。プログラミングの知識がなくても、現場の担当者が「現場の言葉」で(AIに)指示するだけでアプリを作れる。そこに大きな可能性を感じています。


大事なのは「ソフトウェアがあるから使う」ではなく、「現場にどう生かすか」を考えることかなと。ある現場ではドライバーが多忙で、スマートフォン操作ができませんでした。そこでスケジュール共有にカレンダーアプリを使うのではなく、事務所のホワイトボードをWebカメラで撮影し、その映像をドライバーのモバイル端末に常時表示させたんです。これなら見るだけで済みます。現場の制約を正しく理解した、テクノロジーの使い方です。

森脇
まさにその通りです。現場で使えないテクノロジーは役に立たないという発想が求められます。現場は複雑性が高く、暗黙的な知識で動いている部分がかなりあります。そこをどうするかは、もはや社会課題です。先ほど紹介したウェアラブル端末を用いたAI活用のように、現場作業を映像や画像、音声としてためておくことは課題解決の糸口になるのかなと。


それは、多様な現場を抱えている日立だからこそできる取り組みですよね。一次情報を持っていて、さまざまな領域に掛け合わせて転用できるわけですから。

森脇
社会課題を解決するデータは、企業間で共有することも重要です。危険やリスクの情報は、鉄道や電気以外の領域でも活用できます。今後は、企業をまたいで有用なデータをシェアする動きが加速するはずです。


そういった世界では、企業と企業とをつなぐハブが必要です。日立がそんな存在になれたらと私も願っています。

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