フロントラインワーカーの人財不足やノウハウ伝承が喫緊の課題となる中、日立製作所(以下、日立)は「日立ならではの『ドメインナレッジ×AI』で現場の業務を変革」というコンセプトを掲げ、デジタル見本市「CEATEC 2025」(2025年10月14~17日開催)でその具体例を提示しました。
日立ブースは、メインステージ、コマ展示、ミニセッションステージという3つのエリアで構成され、「Lumada 3.0」がめざす世界を一体的に訴求しました。本稿では、大盛況に終わったコマ展示を中心にイベント最終日の日立ブースの様子をレポートします。
「Lumada 3.0」のめざす世界。日立の「ドメインナレッジ×AI」により進化し続けるLumadaでデータを価値に変換。
日立ブース。各展示で足を止める来場者が絶えず、大変な盛況ぶりでした。
AIが「効率性」と「安全性」を両面支援
午前中のメインステージでは、現場拡張メタバースおよび次世代AIエージェント「Naivy」を活用した現場の変革事例を、没入感ある3面LED大型ディスプレイを使って紹介しました。
日立は、建設や製造、保全などの現場業務において工場や設備の3Dデータを仮想空間(メタバース)に投影し、作業訓練をしたり遠隔操作に応用したりといった取り組みを進めてきました。ここに現場のナレッジを蓄積してAIエージェントという新しい技術を加えることで、仮想空間内で「どこに異常箇所があり、どう対処すべきか」をAIに質問しながら判断し、作業できるようになります。
AIの支援は、トラブルシュートの効率化や安全性の向上だけでなく、ベテランのノウハウ伝承にも貢献します。将来的には、この取り組みで得たデータをロボットに適用するという構想もあります。「メタバース×AI×ロボット」による自律作業や、より効率的な協働作業をめざす――いわゆる「フィジカルAI」につながる予定です。
3面LED大型ディスプレイを使った、大迫力のデモ映像。観覧席はすぐに埋まり、大勢の立ち見が出るほどに。なお、最終日の午後のメインステージでは日立のLumada Innovation Evangelistを務める澤円と3人のスペシャリストによる対談セッションを行いました(この内容については、後日詳細を別記事で紹介します)
7つのコマ展示 Naivy最大の価値は「視覚的な支援」
コマ展示では、「ドメインナレッジ×AI」により現場を変革する日立ならではのソリューション7つを用意しました。
1:メタバース上で現場を導く次世代AIエージェント「Naivy」
2:AIエージェントで機械と直接対話
3:NVIDIA AIテクノロジーを活用した安全管理の高度化ソリューション
4:デザイン主導のデジタルエンジニアリングで現場を変革 GlobalLogic
5:経営者の思考の伴走者 創造AI「FIRA」
6:AI時代を支える サステナブルな次世代型データセンターの実現
7:デザイン×AIによるイノベーション創出
幾つか詳細を紹介します。「メタバース上で現場を導く次世代AIエージェント『Naivy』」は、メインステージと連動した展示です。現場拡張メタバース上に実際の作業現場を再現し、Naivyがメタバース空間に集約された熟練者のOTナレッジと現場データを解析。フロントラインワーカーに作業手順をナビゲートする技術を紹介しました。
メタバース上の作業現場を見て、AIエージェントと会話しながら正確な作業手順を確認できるNaivy。
説明をする昼間彪吾(日立製作所 先端AIイノベーションセンタ ビジョンインテリジェンス研究部)
ナレッジの収集について、Naivyの研究開発を手掛ける昼間は「現在、熟練者に直接ヒアリングしたインタビュー結果をデータベース化する作業をしています。ベテランならではの作業手順や現場の状況判断をドメインナレッジとして収集、分析するのです。マニュアルや過去のトラブル対応記録といったドキュメントからの自動抽出にも取り組んでいます」と説明します。
Naivyがもたらす最大の価値は「視覚的な支援による安心感」です。「言葉や写真だけでは、現場に似たような機器が多く不安が残ります。Naivyは『○○に行ってください』という指示とともに、現場を再現した3Dモデル(メタバース)上で『ここです』と場所を明示します。周囲の現実と3Dモデルを見比べながら確認可能なため、経験の浅い非熟練者も安心して作業できる――実際にそういった声を頂いています」
Naivyは、マルチモーダルなデータ処理基盤をベースとして、独自の異常音を聞き分ける音響解析AI技術とも連携しています。まさに「ベテランの耳」をAIが再現する形です。展示では、故障の予兆を音で判定するデモも用意しました。
なお、Naivyの取り組みは、「CEATEC AWARD 2025」において、イノベーション部門賞を受賞しました。【詳細はこちら】
Naivyの展示では、製造現場における作業手順のナビゲーションだけではなく、建設現場の安全確認・危険予知トレーニングの例も紹介。
熟練者の“指先”をデジタル化? 「センサー付きグローブ」
「デザイン主導のデジタルエンジニアリングで現場を変革 GlobalLogic」では、現場作業における繊細な指先の動きをデジタル化する「センサー付きグローブ」を展示。グローブには、親指、人差し指、中指に圧力センサー、手の甲に加速度、回転、方位を感知できるセンサー、さらに親指にマイクを内蔵しています。これによって、作業者の指先の力加減や手の動き、作業音を検出します。
センサー付きグローブ。指や手の甲にセンサーが取り付けてあります。
物をつかむなどして動きをデータ検出する様子をモニターで表示します。
センサー付きグローブは、日立のウェアラブル型人計測技術とGlobalLogicのソフトウェア開発力を融合させたものです。開発を担当する万竝(まんなみ)に詳細を聞くと、次のような答えが返ってきました。
「このグローブを装着すれば、手や指の繊細な動きを記録できます。例を挙げると、自動車工場の電線を結線するコネクターが『半差し(半閉じ)』状態になっていないか、接触不良になっていないか、などをグローブで検知した情報から確認できるのです」
ミニステージでデモを説明する万竝(まんなみ)亮(日立製作所 インダストリアルAIビジネスユニット)。センサー付きグローブは、コネクターなど小さな部品操作の感触や音も検知できます。
コネクターが完全に閉じたときに発する「カチッ」という音や感触(圧力)をグローブのマイクやセンサーで検知。これにより、ミスをその場で通知したり、熟練者と新人のデータを比較してミス防止に生かしたりできます。現在は自動車メーカーの工場において検証が進んでおり、今後、幅広い製造現場への導入に期待が寄せられています。
「デザイン×AI」で、現場の“言葉にならない”知見を抽出
「デザイン×AIによるイノベーション創出」では、日立のデザインDNAとAIの協働によるイノベーション事例を展示しました。日立のプロダクトには「人や社会を起点としたデザイン」を重視する独自のDNAが脈々と受け継がれています。デザインするに当たって重要な取り組みとなるのがエスノグラフィー(現場観察)です。デザイナーであり同ブースを取りまとめる佐藤は、その取り組み内容をこう説明します。
「日立のデザインは、ソリューションが実際に使われる現場とそれを使う人に着目し、人や社会の視点で技術を活用するといった考え方を重視しています。そのため、現場に赴いて言葉になっていない知見やノウハウを収集してきました」
エスノグラフィーについて「言葉になっていない行動を観察する」と語る、佐藤康治(日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ)
AI時代にデータを収集、活用する上ではそのデータに現場の知見が入っていることが重要であり、人とAIの協働を見据えた人間中心の設計が求められます。「幅広い事業に取り組む日立だからこそ、さまざまな知見とノウハウを収集し、活用できています」
展示では、1957年に設立した日立のデザイン部門が、当時から家電使用実態の現場観察をする様子や、鉄道車両の設計のために駅係員の業務を観察する様子などを紹介しました。さらに、鉄道運行管理システムへのAIエージェント適用において、熟練者へのインタビュー調査とインタビューデータのAIネイティブ化といった処理をどのように行ったのかもデモで示しました。
「One Hitachi」でAI時代のデータセンター活用を支援
「サステナブルな次世代型データセンターの実現」では、OT、IT、プロダクトの全てを併せ持つ日立の強みを生かし、データセンターのグリーン化や運用高度化など持続可能性の高いデータセンターの実現をめざす「グリーンデータセンター構想」を紹介しました。詳細について日立の櫻井は次のように話します。
「AI時代はデータセンターの需要が大きく拡大します。その際、大型化や高信頼への対応が求められる一方、環境負荷の抑制など持続可能な社会への取り組みが課題となります。日立は、環境に配慮したライフサイクルを実現するデータセンターソリューションでこうしたニーズや課題に応えます。電力最適化、運用自動化、省エネ設備の導入、AI向け設備の導入、セキュアなデータ管理とAI活用の両立などが主な取り組みです」
AI時代に需要が高まっているデータセンター。堅牢(けんろう)性だけではなく、持続可能性の高さも重要です。
展示説明をする櫻井英暢(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット データセンター事業本部)
本取り組みにおいては、高圧送電や受変電/EMSなどのエネルギー供給・管理、ITインフラや運用サービス、セキュリティなどのITサービス、無停電電源装置や冷却装置などのファシリティーといった日立グループが持つ総合力を結集しています。加えて、パートナーとの協創も促進しており「One Hitachi」でAI時代に求められるデータセンターの実現をめざしています。
同展示コーナーでは、NTTの次世代高速光通信IOWNと日立のストレージを活用した「Borderless Data Share」ソリューションの実演もしました。リアルタイムなデータ同期で長距離間のデータセンターを容易につなぐことを可能とし、分散型データセンターの実現に寄与します。データセンターの一極集中を回避できるとともに、大規模災害が発生時も強固なシステム基盤を実現します。
さまざまなフィールドを支援するAIソリューション
上記のほか、コマ展示では以下のソリューションも注目を集めていました。
AIエージェントで機械と直接対話
日立産機システムが持つマニュアルや保守記録をAIが学習し、機械の故障の兆候や対応策を親切、丁寧にご案内。さらに、英語で応答したり、関西弁で「稼働状態が悪い」と訴えたりなど、ユニークなコミュニケーションで注目を集めました。
NVIDIA AIテクノロジーを活用した安全管理の高度化ソリューション
日立ビルシステムと日立パワーソリューションズは、AIを活用した現場の安全管理の高度化に向けた取り組みを紹介しました。NVIDIAのエッジAI技術とドメインナレッジを掛け合わせ、現場の保守員が装着したウェアラブルカメラの映像をAIがリアルタイムで分析。昇降機やパワーエレクトロニクス製品のメンテナンスにおいて、危険な場面や、あらかじめデジタル化された作業手順との違いを検知すると即座にアラートを発報する様子を実演しました。人財不足の中での安全性を向上させる取り組みです。(詳細はこちらの記事で紹介)
経営者の思考の伴走者 創造AI「FIRA」
日立のベンチャーカンパニーであるハピネスプラネット社が紹介する、専門分野600種類のAIエージェント「異能」が自律的に議論するソリューション。深い洞察や創造的な選択肢を生成し、経営の幅広いシーンで活躍します。(詳細はこちらの記事で紹介)
「ドメインナレッジ」を語る異色の「スナック」がCEATECに!
CEATEC 2025の会場でひと際異彩を放ったのは、日立が監修するPodcast番組「スナック育子のInnovation Night」の空間を再現したミニセッションステージです。スナックのカウンターを舞台に、4日間で全28のトークセッションを展開しました。メインプログラムでは、番組パーソナリティーを務める“育子ママ”こと中川育子(日立の協創施設『Lumada Innovation Hub Tokyo』のDXコーディネーター)が「秘伝のレシピが若い子に伝わらない」といったスナック経営の悩み(=現場の課題)を語るという設定で、日立ブース全体のコアテーマ「ドメインナレッジの伝承」や「現場の人財不足」について分かりやすく解説するなど、会場を沸かせました。
ミニセッションステージ最終回には、対談を終えたばかりの澤が飛び入り参加。
アドリブを利かせたトークで会場を盛り上げました。なお、この様子はYouTubeで配信中です。
最先端AIエージェントのデモから、具体的なソリューション群、そして「スナック育子」というカジュアルな対話の場まで「ドメインナレッジ×AI」による現場変革のさまざまな“解”を提示したCEATEC 2025の日立ブース。
OT、IT、プロダクト全ての事業を併せ持つ日立ならではの解決策、その一端をOne Hitachiでご紹介し、AIエージェントの導入や現場の暗黙知の活用といった課題に直面する多くの皆さんと直接やり取りできる機会となりました。
今後も日立は、幅広い事業基盤を通じて培ってきたドメインナレッジとAIの融合を軸に、未来の社会を築くヒントをお届けしていきます!

























