アプリケーションの開発・運用に「変化対応力」と「スピード」が求められ、「いかに開発者の生産性を高めるか」が課題となっている。特に現在はOSS(オープンソースソフトウェア)の活用が当たり前となっているが、必要なものを選び、効率的かつ安全に使いこなすためには一定の知識とスキルを求められ、これが開発者に負担を強いる大きな要因となる。
こうした中、開発者の負荷を下げ、生産性が高まる環境を用意するプラットフォームエンジニアリングやOSSの戦略的活用を担う専門部署「Open Source Program Office(OSPO)」が注目されている。
これらを実践している企業はその価値をどう受け止めているのか。LINEヤフーでプライベートクラウドの構築、運用に従事しながらOSPOの一員として業務に当たっている早川 博氏と、2024年11月にOSPOを設置した日立製作所(以下、日立)で企業のOSS活用を支援している田畑義之氏に、プラットフォームエンジニアリングとOSPOの意義やメリット、実践のポイントを聞いた。
※ 以下、敬称略。
開発者の「認知負荷」をどう減らすかが課題に
――昨今、主にクラウドネイティブ実践企業の間でプラットフォームエンジニアリングへの関心が高まっています。その背景をどう見ていますか。

早川 博氏(LINEヤフー SIグループ クラウド統括本部 Cloud Native本部)
早川
近年の開発者はアプリケーションの機能を作るだけでなく、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)や監視など、運用に必要な知識やスキルも身に付けなければなりません。プラットフォームエンジニアリングはそこを効率化するために生まれたとされています。実際、開発者は本来やりたいことに加えて各種ツールやクラウドの機能に慣れる必要があり、大きな負担を感じています。
田畑
そうした開発者の認知負荷軽減をはじめ、社内のスキルやノウハウをまとめられる効果もあります。セキュリティ設計をプラットフォームチームが担えば、その機能を幅広いプロジェクトに適用できます。LINEヤフーさんは、その言葉が注目される前からプラットフォームエンジニアリングに取り組んでいましたよね。
早川
そうですね。私がLINEヤフーに入社した2020年当時、社内にはすでに大規模なプライベートクラウドがあり、プラットフォームとして提供されていました。これがなければ、100を超えるプロジェクトやサービスごとにCI/CDや監視のための仕組みを用意しなければなりません。しかし共通で使える仕組みがプラットフォームに用意されているため、開発者は無駄な作業を削減でき、各種設定なども一定以上の水準を保てています。

田畑義之氏(Cloud Native Computing Foundation AMBASSADORS、日立製作所 クラウドサービスプラットフォームビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 ソフトウェアエンジニアリングCoE OSSソリューションセンタ シニアOSSコンサルタント)
――LINEヤフーの場合、開発者の認知負荷が高まった要因は何だったのでしょうか。
早川
やはり、覚えなければならないことが増えたためです。この10年ほどでマイクロサービスやDevOps、CI/CD、IaC(Infrastructure as Code)などのクラウドネイティブなプラクティスが定着して便利にはなったものの、開発者が本来やりたいことをやる時間が奪われがちだったようです。
田畑
特に昨今はLINEヤフーさんに限らず、DevSecOpsも求められるなど開発者の認知負荷は高まる一方です。DevSecOpsはセキュリティを開発者側に寄せる動きでもありますから、開発者がそこまで担うのは、やはり大変です。
2万6000のアプリケーションを実行するプラットフォーム構築
――プラットフォームエンジニアリングを実践する上では何がポイントになるのですか。
早川
前述した監視の仕組みなど、DevOpsやSRE(Site Reliability Engineering)の実践に必要なものも含めて、開発に求められるツールやサービスをプラットフォーム側で用意します。開発者が“個別に行っていたが共通して求められる作業”を少しずつ巻き取っていくイメージです。開発者は必要なパーツを選ぶ感覚で、ツールやサービスを利用して開発に専念する。プラットフォームチームは、ニーズに応じて機能を追加したり改善したりしながら支援し続ける。そうした開発者との関係性を築くことが重要です。
田畑
「プラットフォームを与える」のではなく、コミュニティーとして盛り上げて「ぜひ使って」と伝えることが大切ですよね。新しい技術やツールに関心のあるエンジニアをプラットフォームというエコシステム側に招き入れることも有効です。
――LINEヤフーもそうした点を心掛けてきたのですか。
早川
そうですね。前述の通り2020年時点で成熟したプラットフォームがあり、開発者はWebポータル上の簡単な操作でアプリケーションをデプロイできました。私が入社後に取り組んだのは、アプリケーションをコンテナ化して実行するPaaS(Platform as a Service)をプロダクトとして作ることです。Kubernetesをベースにしており、2025年1月時点で、約660テナント(プロジェクトの単位)で約2万6000のアプリケーションが稼働しています。
規模が大きいので安定的に実行することも難しいですし、開発者のニーズもさまざまです。そのためアプリケーションを簡単に実行できるようにするだけでなく、ユーザーサポートの問い合わせシステムを用意するなどニーズを吸い上げる取り組みをしています。特に難しいユースケースに関しては「プラットフォームに特化したコンサルタント」として、開発者と直接コミュニケーションを取ることも多いですね。
2人が考える、プラットフォームエンジニアリング推進のポイント
――プラットフォームエンジニアリングに取り組みたい、あるいは課題に突き当たっているという企業も多いと思います。実現や推進のアドバイスはありますか。
田畑
私自身「取り組みたい」というお客さまをサポートしていますが、プラットフォームを構築、維持するにも相当なスキルと体力が必要です。私が重視しているのは「できる限りお客さまに伴走して取り組むこと」です。開発内容や開発体制、スキルレベルなどは各社異なりますから課題も各社各様です。“その企業にとって”使いやすいプラットフォームにするために、ユーザーに直接意見を聞いて使いやすいツールやドキュメント、テンプレートなどを提供することに力を入れています。

早川
「何を自動化できるのか?」という視点から始めるのもいいですね。繰り返し行う作業をスクリプトで自動化するのと同様に、プロジェクトが増えてきたらKubernetesのマニフェストのテンプレートに共通部分をまとめて提供するなど、身近なところから始めてもいいと思います。私個人としては、プロジェクトが4つに増えたくらいから、共通化にかかるコストに対して効果が見合ってくると感じています。
田畑
Wikiのようなページに情報を集約するところからスタートするのもお薦めです。そうして複数のプロジェクトで共通部分が見え始め、少しずつ成果を得て全社的なプラットフォームに成長すると、次は経営層の関与も求められますよね。
早川
そうですね。プラットフォームの成熟度が上がるほど中央集権的なチームが求められ、そこでの投資判断が重要になると思います。ちなみにCNCF(Cloud Native Computing Foundation)が公開している「プラットフォームエンジニアリングの成熟度モデル」は経営層にも参考にしていただきたいですね。レベル1からスタートして徐々にレベルを上げていきます。作って終わりだと失敗するので継続させることが大切です。このためには人財、コストの観点も必要ですから経営層の関与は非常に重要です。

プラットフォームエンジニアリングの成熟度モデル(出典:CNCFの公開資料より抜粋して作成)
――成果を積み上げながら経営層も巻き込んでいくことが重要なのですね。日立の支援事例はありますか。
田畑
日立建機さまの事例があります。日立建機さまは、2023年にスタートした中期経営計画における経営戦略の中心的な柱として「顧客に寄り添う革新的ソリューションの提供」を掲げ、「CIF:Customer Interest First(顧客課題解決志向)」をベースに疎結合アーキテクチャーを実現する「API基盤」、分析用データを収集する「データ利活用基盤」、基盤全体のセキュリティを管理する「アクセス制御基盤」を具備したDX基盤を整備してDX推進を加速させてきました(詳細はこちらの記事を参照)。
そのAPI基盤の文脈で、アジリティ向上とセキュアなAPI公開を目標にしたAPI推進チームを作り、日立と日立建機さまが一体となって活用推進をサポートしています。そこで取り入れているのがプラットフォームエンジニアリングの手法です。成熟度を定義して必要な機能とロードマップを引き、課題をクリアしていきました。これにより、車輪の再発明と言われるような二重開発の無駄を省きながら既存データを生かした新しいサービス開発を効率的に推進できるようにしています。
OSS開発や顧客との共創で培ってきたノウハウを生かす
――日立の支援サービスの強みを教えてください。
田畑
まず、OSSへのコントリビュートで培ったAPIやセキュリティ周辺のノウハウがあります。ID管理やアクセス管理を担うOSS「Keycloak」などの開発に、メンテナーをはじめ多くのメンバーが関わっています。そのノウハウをプラットフォームチームに展開できます。また、お客さまとの共創プロジェクトの中で培ってきた業務やシステムのノウハウを、業種業態をまたがって横展開しています。CNCFやCNSJ(Cloud Native Security Japan)といったコミュニティー活動にも参加しているため、最新のノウハウを蓄積しているメンバーも多いです。そこで得られたノウハウをお客さまに還元できることも強みです。
――日立のOSPOはどのような取り組みを推進しているのでしょうか。
田畑
先進的なOSSの探索と活用戦略の立案、OSSライセンスなどのコンプライアンス管理や高度エンジニアの育成、OSS普及を推進しています。これまでのようにOSSの視点だけでコントリビュートしても、それをビジネスに生かすには難しさがあります。OSPOを設立したことで、よりビジネスに近い視点からお客さまのニーズに即したOSS活用戦略を立てられると考えています。

日立のOSPOの概要(出典:日立資料より抜粋)
――最後に両社の今後の展望を教えてください。
早川
LINEヤフーのプラットフォームは一定の成熟度には達していると考えています。ただ、今後も合併やユーザーの拡大などビジネス環境は変化し、より難しい課題が生まれてくるはずです。これからは既存のOSSをただ使うだけでなく、コミュニティーに貢献し育てることによって自社の課題解決に役立てる、「攻めのOSS活用」に踏み込んでいきたい。最終的には、そうした課題解決とともに、パブリッククラウドにも負けない充実したプラットフォームの構築と提供ができればと考えています。
田畑
プラットフォームの構築、活用で悩んでいるお客さまにコンサルティングや伴走支援を行い、一緒に価値の向上を図っていきます。OSSを活用してDXやアジリティ向上をめざしているが自社のリソースだけでは難しい。そんな悩みがある方は、日立にお声掛けください。
