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【パネルディスカッション】「生成AI 時代のデータ基盤」
社会課題の解決における大きな武器となる可能性
合田
われわれのプロジェクトがスタートしたのは生成AIブームの前でしたが、現在の生成AIの状況や位置づけをどのように捉えておられますか。

東京大学生産技術研究所 教授 合田 和生 氏
阿部
産業界にとっては過去の産業革命に匹敵するようなパラダイムシフトをもたらすものであると捉えています。人口減の局面におけるウェルビーイング向上や持続的な成長の実現という社会課題を解決していく上で、大きな武器になる可能性があると期待しています。

株式会社 日立製作所 執行役副社長 阿部 淳
フロントラインワーカーのウェルビーイング向上の例として、日立の鉄道システム事業を担う日立レールでは列車に取り付けたセンサーやカメラから走行中のデータを収集、高速に分析し、異常を常時点検するHMAX(Hyper Mobility Asset Expert)により現場の負荷を軽減しています。これは大量のデータをエッジでリアルタイム処理する技術や、NVIDIAのAIテクノロジーにより実現しているソリューションで、鉄道に限らずさまざまな産業分野に応用できると考えています。

花岡
生成AIを皆さん同じ様な環境で使っているため、企業が強みを打ち出すことがますます難しくなってきています。ソリューションをできるだけ早く社会に届ける仕掛けや、活用するデータの中身などによって差別化を図ることが重要になっています。また講演でも述べさせて頂いたように、生成AIにより人間と機械とのインタフェースが変化し、アプリケーションなどの開発におけるテクニカルな要件も大きく変わっていますね。
喜連川
生成AIはものすごく賢く見えるけれど、その賢さの源はトレーニングに使ったデータがすべてなんですね。したがって、そのデータ空間をどれだけ高水準なものにしていくかが勝負を分けることになります。データベースを担っている日立の部隊は今後さらに忙しくなるのではないしょうか。

東京大学 特別教授、情報・システム研究機構 機構長 喜連川 優 氏
求められるデータ基盤の高度化
合田
喜連川先生もおっしゃるように生成AIではデータがカギになりますが、データ基盤のあり方の変化と、その対応についてはいかがでしょうか。
阿部
企業の保有データも増加の一途をたどり、保管場所もクラウドのほか、価値の源泉となるナレッジや機密性の高いデータはオンプレミスに、また設備や機器から発生するデータはエッジでリアルタイム処理するというニーズも生じています。日立は、セキュリティレベルやデータ活用の柔軟性を考慮してデータ保管場所をオンプレミス・クラウド・エッジと使い分け、生成AIで活用しやすいよう仮想的に連携できるハイブリッドクラウドのデータ基盤の実現をめざしています。NVIDIAとの協創による「Hitachi iQ」もその一環です。
NVIDIAは,米国およびその他の国におけるNVIDIA Corporationと関連企業の商標または登録商標です。

花岡
フロントラインワーカーを支えるデータ基盤として、現場の制御系データやマルチモーダルデータを処理できる技術も開発しているところです。

株式会社 日立製作所 デジタルサービス研究統括本部統括本部長 花岡 誠之
データセンターの省エネルギー化も重要に
花岡
また生成AIの需要拡大により、データセンターの電力消費量が爆発的に増加しています。この新たな社会課題に対しては、データの高品質化や高効率な学習法などによる電力対精度の高いモデルの開発を進めるとともに、データセンターのグリーン電力利用や省エネルギー化など、グループ一体となったトータルインテグレーションを提供していきます。

阿部
データ基盤のあり方としてデータストアの側面と価値創造の側面があります。
前者では、花岡が申し上げたようにエネルギーを減らすことが重要になります。私どもはストレージのビジネスをグローバルに展開しており、省エネルギー性能に優れる家電製品やOA機器を認証する制度であるENERGY STARに適合した環境配慮型ストレージを提供しています。こうしたハードウェアと省エネルギーなデータベース技術を組み合わせることで、さらなる電力削減に取り組んでいます。
後者では、生成AI環境から価値を生み出すためのソフトウェアのエンジニアリングが重要です。そのため、2021年に日立が買収したデジタルエンジニアリングのリーディングカンパニーであるGlobalLogicのスピード感を日立内に取り入れ、ソリューションをアジャイルかつ高速に現場にマッチさせていくプロセスの強化をめざしています。
生成AI時代のR&D戦略と人財育成
合田
生成AIに関する企業のR&D戦略はいかがでしょうか。
花岡
生成AIに適したデータ基盤技術、データベースの構造や最適なアクセス方法などの研究開発に力を入れていく考えです。また生成AIの研究全般で言うと、「倫理観」がますます大切になると感じています。課題探索においても、人を中心に据えて考えることがいっそう重要になっています。
――大学としてのアプローチはいかがですか。
喜連川
大学の強みはやはり「総合知」であると思います。とくに生成AIの研究開発は単独企業では難しいものですし、多様な知を持つ大学の役割をしっかり果たしていくことが大切ではないでしょうか。

生成AI時代だからこそ必要な「自分の頭で考える」人財
合田
生成AI時代に求められる人財像については、皆さんどのようにお考えですか。
花岡
研究開発の現場でも生成AIが幅広く使われるようになってきたなかで、使い方や使いこなしのレベルに差が生じています。セキュリティやAI倫理をふまえつつ活用する方法などの情報共有、広い意味での教育が大切になっています。生成AIの回答が正しいかどうかを正確に判断するには、使う人自身も学習して成長しなければなりません。問題を解くことは生成AIにもできる時代、「何を解くべきか」を考える人財が重要性を増しています。

阿部
フロントラインワーカーの働き方も変化するなかで、リスクも含めて生成AIを理解し、実際の業務に適用できる能力を持つ人財が求められています。生成AI自体、多くの可能性を持っていますから、試行錯誤してそこから新しい価値を生み出すことにチャレンジできる人財も育成していきたいと考えています。
喜連川
最近の学生を見ていると、教員に対して「問題をください」という姿勢でいる人が多いのが気がかりです。生成AI時代だからこそ「自分の頭で考える」ということを重視しなければならないし、そのための教育が必要でしょう。また生成AI時代に限った話ではなく、国際競争力を高めるための教育のあり方についてはジェネラルな議論が必要です。それも産業界の皆さんと一緒に考えていくべき問題ではないかと思っています。
(以上)