DX推進の伴走者
志度(モデレーター)
ここからは、聴講者の皆さんからリアルタイムにお寄せいただいた質問にお答えいただきます。
Q1:赤司さんのご紹介に出てきた「DXコーディネーター」とはどんな役割なのでしょうか?
赤司(デザインストラテジスト)
まず、DXに取り組もうとしているお客さまが抱えている課題の本質を丁寧に引き出し、お客さまが本当にやりたいことをきちんと設定した上で、協創プロジェクトのチームを組みます。
プロジェクトが走り出すと、お客さまが実際にDXを起こすにあたり、組織体制に変更を加えなければいけない場合や、従業員の方のマインドセットを醸成しなければいけないケースも生じます。そういった課題の解決にも取り組み、ときにはプロデューサー、ときにはアドバイザーと立場を変えて伴走します。
枝松(デジタルビジネスプロデューサー)
さらにもう1つ、「次のDX」を起こしていくという大事な役割もあります。これまでもお話に出たアジャイル開発の概念のように、一度DXに取り組んでみて、うまくいったポイントとうまくいかなかったポイントがわかったら、次は足りなかったところをどう補っていくかを考える。お客さまのビジネスがより良い状態になるよう、1つのプロジェクトが完了した後も伴走し続ける存在が、日立で言うDXコーディネーターなのです。
だれがハードウェアの維持コストを負担するのか
志度(モデレーター)
次の質問です。
Q2:近年いろいろな分野でバーチャル化が急速に進んでいますが、リアルな世界とのインタフェースには依然としてハードウェアが介在しています。その維持にかかるコストは、今後だれが負担していくべきだと考えますか。
1つのデバイスを複数のサービス事業が活用している場合は、共通インフラであるデバイスのコストをだれが負担すべきでしょうか。例えば、デバイスをメンテナンスする必要が生じたとき、そのコストはだれが負担すべきでしょうか。
枝松(デジタルビジネスプロデューサー)
日立のビジネスでもケースバイケースなので一概には言えないのですが、一例をご紹介します。あるハードウェアにメンテナンスに関するデータをレポーティングするしくみを組み込んでご提供するサービスがあります。するとそのハードウェアのメンテナンスコストが下がるので、その分の費用をお客さまからフィーでいただくというビジネスモデルです。
メンテナンスレポートをAIで分析したところ、しきい値を超えるとハードウェアが故障する確率が高いことがわかりました。そこで、故障した場合の修理にかかる見積書をメンテナンス会社から共有いただき、レポートと一緒にお客さまにご提供するというビジネスをプラスアルファで考えました。
すると、メンテナンス会社にとってもそれがベネフィットになるので、そちらからもフィーをいただけるようになりました。つまり、ハードウェアの稼働データから修理のタイミングを提案できるので、メンテナンス会社にもビジネスチャンスが生まれるというしくみです。
ここで大事なのは、サービスの最初のケースをだれが作るかです。最初のケースで収支がトントンないしは確実にペイできる状態を作れれば、そこからほかのプレーヤーにも参加いただくことができます。
ですので、ハードウェアのコストをだれが負担するか明確にできるほどシンプルではない点が、DXの世界の難しさなのではないでしょうか。
西山
少し論点がズレますが、今やソフトウェアがハードウェアの動きを制御していますから、この2つを切り分けて考えることはできないと思います。すでに皆さんも感じていらっしゃると思いますが、これからはハードウェアそのものにお金を支払うというよりは、ハードウェアが果たしているパフォーマンスに対価を支払うというビジネスモデルが主流になっていくはずです。
インタフェース開発の余地
志度(モデレーター)
最後の質問です。
Q3:DXと聞くと、GAFAのように消費者を囲い込むプラットフォームというイメージがあります。人々の生活や社会を良くするような観点でDXを進めるには、どのように取り組んでいけばよいでしょうか。
西山
例えばスマートシティという取り組みを事業側から考えると、データを集めて共通化し、サービスを作って利用者に提供するというように捉えがちです。しかし、それは本質ではない。そのサービス自体をどう設計するためのインプットは、ほかでもない、利用者からのフィードバックであり、それこそがスマートシティの本質だと思うのです。
つまり、サプライヤー目線ではなくユーザー目線で考える必要がある。市民や消費者が、サービスに対して何か注文をつけたい。自分の意見を表明したい。ところが、それが簡単にできず、表明するだけで時間がかかってしまうとなると、次はもうサービスを使ってすらもらえないかもしれません。
要するに、インタフェースをどう設計するかが問われているのです。GAFAのサービスになぜ多くの人が回帰するのかというと、やはり使いやすいからです。使いやすいとは、ユーザー自身が選びたいサービスを選べているという実感があるということです。ただ、その裏側でどんなデータのやりとりが行われているのかはユーザー側からは見えないので、そこに不信感を持つ人もいるでしょう。
これからのインタフェース開発に求められるのは、ユーザーが望んでいることをサービスの側に容易にフィードバックできること、なおかつユーザーが「自分で意思決定をした」という実感を持てることであり、そこに日系企業がチャレンジする余地があると思います。
DXとは「気づき」である
志度(モデレーター)
最後に、今のそれぞれのお立場で、これからの日本のDXをさらに加速させていくために、お客さまや聴講者、「はいたっく」の読者へのメッセージをいただけますか。
枝松(デジタルビジネスプロデューサー)
わたしとしては、日本の企業の「現場力」をいかにデジタル化していくかというところにしっかり取り組んでいきたいと思っています。そうすることで、日本の産業をよりダイナミックにしていくことにつながると信じています。ありがとうございました。
相田(営業)
本日はありがとうございました。わたしは今、営業ではなく営業企画部門にいますが、日立がお客さまのDX推進の戦力となれるような組織作り、しくみ作りを通じて、お客さまをご支援していきたいと考えています。
赤司(デザインストラテジスト)
ありがとうございました。西山さんが最後におっしゃったインタフェースのお話で思ったのは、作り込まれすぎてあまりに完璧なシステムではなく、ユーザーが自分の創造性を発揮できる余白が残されたシステムの必要性です。そんなしかけをお客さまと一緒にデザインしていきたいと思います。
西山
DXの成否を握るのは、「気づき」「発想」の問題だとわたしは思っています。つまり、今日お話しした内容は、気づきさえすれば多くの方が本来できることなのですが、何かに気づきを妨げてられているということです。「自分には専門性が足りないから無理なんじゃないか」と思っている方もぜひ自信を持っていただいて、今日からでもDXへの取り組みを始められることを望みます。決して遅いということはありません。頑張りましょう。
志度(モデレーター)
皆さんにコメントいただきましたように、既成の枠を超えて他者と一緒に考える、あるいは世の中の課題を自分事として捉えることが、DXを起こすうえでとても大事なことだと感じました。話題は尽きませんが、この辺で失礼いたします。皆さんありがとうございました。
(これにて、西山圭太『DXの思考法』~楽しく働くヒントの見つけ方~の連載を終了いたします。最後までご愛読いただきありがとうございました。)
西山圭太(にしやま けいた)
東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー
三井住友海上火災保険株式会社 顧問
1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、東京電力経営財務調査タスクフォース事務局長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。
志度昌宏(しど まさひろ)
株式会社インプレス DIGITAL X(デジタルクロス) 編集長
1985年、慶応義塾大学理工学部を卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社し記者活動をスタート。以来、一貫してビジネス/社会とテクノロジーの関係を取材している。2013年4月、インプレスビジネスメディア(現・インプレス)に入社。2017年10月、AIやセンサーなど先端的ITを駆使して問題解決につなげる事例を伝えるメディア『DIGITAL X』を創刊。新ビジネスや社会サービスの創造に向けたデジタル技術の活用をテーマに情報発信に取り組んでいる。著書に『DXの教養 デジタル時代に求められる実践的知識』(共著、インプレス)。
枝松利幸(えだまつ としゆき)
株式会社日立製作所 社会イノベーション事業統括本部
Lumada CoE DX協創推進部 主任技師(ビジネスコンサルタント)
2006年、日立製作所入社。社内SNSの活用やナレッジマネジメントを中心に経営コンサルタントとして活動した後、2012年にExアプローチ推進センター(現・NEXPERIENCE推進部)に加入。ロジカルシンキングとデザインシンキングを組み合わせた手法で顧客協創活動を実践。現在はインダストリーや公共、金融、社会インフラなどの分野において業務プロセス改革や協創プロジェクトを取りまとめている。
相田真季子(あいだ まきこ)
株式会社日立製作所 営業統括本部 営業企画統括本部
企画部 部長代理
2002年、日立製作所入社。情報通信部門にて金融機関のアカウント営業を担当したのち、営業企画としてパートナー販売の戦略立案やマーケティングなどに従事。2018年から2年間総合商社に出向し、社内イノベーションのしくみづくりや新規ビジネスインキュベーションを担当。その後、製造業のアカウント営業を経て、現在はコーポレート営業企画部門にて各種施策を推進している。
赤司卓也(あかし たくや)
株式会社日立製作所 社会イノベーション事業統括本部
Lumada CoE NEXPERIENCE推進部 主任デザイナー (デザインストラテジスト)
2003年、日立製作所入社。メディカルバイオ計測機器やエレベーターなどの公共機器、家電の先行デザイン開発などプロダクトデザインを担当。2007年以降、金融サービスやWebサービスをはじめとする情報デザイン、サービスデザインなどに従事。2010年、未来洞察から新事業の可能性を探索するビジョンデザイン領域を立ち上げ、ビジョン起点の顧客協創をリード。現在は日立のDX推進拠点Lumada Innovation Hub Tokyoにてデザインストラテジストとして活動し、顧客協創プロジェクトを推進している。