*1 日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション・サービス・テクノロジーの総称
徳永 和朗(とくなが かずあき)
(株)日立製作所 Lumada Data Science Lab.
副ラボ長
半導体技術者としてキャリアをスタートし、LSIの設計開発など日立の次世代モノづくりに携わる。2013年よりAI・ビッグデータを活用したデータサイエンス領域を担当。人財育成やプロジェクトマネジメントも行うデータサイエンティストとして活躍し、2020年4月 Lumada Data Science Lab.の副ラボ長に就任。
-LDSLが設立された目的とミッションを教えてください。
徳永 目的とミッションは「価値創造」「オープンイノベーション」「デジタル人財の育成」の3つです。1つ目の「価値創造」では、日立はさまざまな事業領域のお客さまと一緒に、新しい価値を創出するデジタルイノベーションに取り組んでいます。日立が長年培ってきたOT、IT、プロダクトの技術やノウハウを結集したLumadaがその基盤となります。今後さらにLumadaの価値を拡大していくためには、技術的な変化が激しいAI・アナリティクス分野の最新動向をとらえながら、その技術をいかに、お客さまのビジネスや社会課題にスピーディーに適用していけるかが重要になります。
これまでもお客さま課題の解決に向け、現場を深く理解する事業部と、先進技術を熟知した研究者、データサイエンティストがタッグを組み、プロジェクトに取り組むことは珍しくありませんでした。しかし、ふだんはそれぞれが別々の部署で働いているため、研究所の技術と現場のニーズをタイムリーにつなぐのが難しかったのも確かです。
そこで、OTの知見や業務ノウハウを持つ事業部のエンジニアやコンサルタント、AI・アナリティクス分野の研究者、高い分析スキルを持つデータサイエンティストのトップ人財を集めた組織を作ることで、価値創出のスピードを速め、アジャイルにプロジェクトや開発を進めていく体制を整えたのです。
2つ目は「オープンイノベーション」です。日立内で閉じた活動だけでは斬新なアイデアや発想、新しい技術は生まれません。そこでLDSLのある「協創の森」(*2)では、国内外のお客さまやパートナー企業、スタートアップ企業、大学・研究機関など、外部から多様な人財をお招きし、協業やハッカソン(*3)、グローバルコンペなどの取り組みを通じてオープンなイノベーションを起こす場としています。ラボの開設以来、対面やリモートで外部の方々を巻き込んだイベントを数多く開催しており、さまざまな成果が出始めています。
3つ目は「デジタル人財の育成」です。オープンイノベーションの取り組みを通じて、データサイエンティストのスキルアップや現場での経験値を高める一方で、IT業界で慢性的に不足しているAI・アナリティクス分野の人財育成を強化していきます。
何年も前からデータ分析に取り組んでいる企業でも、“いまだに結果を出せない”“PoCで止まったまま”といったように、プロジェクトに失敗しているケースが少なくありません。経営側の課題設定やKPIと、業務現場の思い、使うデータや分析手法がきちんとひもづいていないことが大きな要因のひとつです。それは経営課題とリアルな現場課題を理解したうえで数理問題に落とし込み、最新技術を駆使しながら最適解を導き出せるようなスキルを持った人財が、それらのプロジェクトで“不在”だったことを意味します。
近年はデジタルビジネスやデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展で、多くの企業がデータ分析の結果を迅速にビジネスに生かしたいという傾向が強くなっています。そのため自社内で時間をかけて人財を育成するより、外部のエキスパートの力を借りるトレンドに移行しています。
そうしたお客さまの期待に応えるデジタル人財の育成もラボの重要なミッションです。現在ラボには100名ほどのデータサイエンティストが在籍していますが、これを2021年度には200名に増強します。また日立では2021年度末までに3,000名のデータサイエンティストを育成する計画を立てています。人財育成は順調に進んでおり、目標達成は十分可能だと考えています。
このラボは、そうした日立のデジタル人財育成に向けたOJTの場としても機能しており、多様な業務知識とスキルを持った人財を増やし、さまざまなお客さまに価値を提供できる体制強化に取り組んでいます。
*2 東京都国分寺市にある中央研究所内に開設されたイノベーション創生を加速するための研究開発拠点
*3 エンジニアやデータサイエンティストが集まってチームを作り、特定のテーマに対して決められた期間内でアプリケーションやサービスを開発し、競い合うイベント
-LDSLには、どのようなバックグラウンドを持ったデータサイエンティストが在籍しているのでしょうか。
徳永 もともと私も半導体分野の出身ですが、公共、金融、産業など、さまざまな業界のドメイン知識と多様なデータ分析スキルをあわせ持ったメンバーが多数在籍しています。新しいAI技術を研究している研究者も大勢います。これら異なる文化や経験を持ったユニークな人財が、映像解析や要因解析、自然言語処理、あるいはOTをAIに取り込むようなAI活用のプロジェクトごとに、緩やかなチームを形成し、日々さまざまな部署やお客さま、パートナーと連携しながら新しいイノベーション開発を進めています。
-データサイエンティストの“集団”が必要とされる理由を教えてください。
徳永 ビジネス現場でデータ分析を行うデータサイエンティストには3つのスキルが必要とされていますが、1人でこれらの三要素をバランスよく備えた“超人”は、正直ほとんど存在しません。一人ひとりのデータサイエンティストはそれぞれ得意分野が異なり、持っている知識やスキルも違います。だからこそ、それぞれの強みを生かせる「データサイエンティスト集団」が必要になるのです。
データサイエンティストに求められるスキルの1つ目は、現場の課題を聞き出し、それを理解したうえで企業のKPIにひもづけることができる「ビジネス力」。2つ目は、蓄積されたデータをどう活用し、どのような分析手法を使えばKPIを改善したり、有効な要因を発見できるかを理解したりする「データサイエンス力」。3つ目は、データサイエンスを意味ある形で使えるように実装・運用できる「データエンジニアリング力」です。
また、データサイエンティストが備えるスキルや知見は、どれだけ多くのプロジェクトを経験するかで決まっていきます。その事例やノウハウを日常的に共有し、互いに切磋琢磨(せっさたくま)できる環境があれば、より効果的にスキルアップを図ることができます。それがLDSLの存在価値のひとつといえます。
-どのようなプロセスで新たな価値を生み出していくのでしょうか。
徳永 分析手法をいきなり試すのではなく、まずお客さまの真の課題は何かを見いだすアプローチをとっています。現在の業務のどこに課題があり、それをどのように改善するのか、そしてそれはお客さまやステークホルダーのどのような喜びや価値につながるのかを第一に考えます。
例えば、生産工程で不良品が出ている、その原因を探るためにデータ解析したいというご要望であれば、不良品とは何か、性能の問題か、形状の問題かなどを、われわれが現場に入ってきちんとヒアリングし、日立が持つモノづくりのノウハウやナレッジを活用しながら、データ分析の目的や優先順位、分析対象を明確にしていきます。そのうえで、お客さまの業務プロセスや生産プロセスの中で分析対象の影響評価や特徴量を検討し、分析手法の選択、仮説検証、改善策の提案という流れに入っていきます。
場合によっては日立独自の技術だけでなく、OSSやパートナー企業の技術も含めて適切な技術を適用し、スピーディーに検証作業を進めていきます。不良要因が特定でき、改善策がうまくいったとしても、その過程でまた別の不良要因や課題が見つかるケースが多々あります。そうした場合も、お客さまの課題がすべて解消するまで分析の深掘りを行い、新たな価値創造の提案を行っていきます。
-今後、ラボをどのように進化させていきたいですか。
徳永 ここに集まるすべての人々がワクワクしながらイノベーションを生み出していく-そんな組織にしていきたいですね。われわれやパートナーだけでなくお客さま自身も“このデータを分析したら生産性が上がった、では次はこのデータを使って新しい価値を生み出せないか”と積極的にコミットしてくださるような環境を作らなければ、イノベーションは継続していきません。とにかく、ここに集う全員が楽しみながら新しいことに挑戦できる組織にしていきたいと思っています。
Lumada Data Science Lab.では、AI・アナリティクスを中心としたさまざまな先進技術を活用することで、実世界の課題を解決する新たな価値創出を行っています。日立が開発・保有する要素技術は多岐にわたり、その組み合わせも無限大の可能性を秘めています。その中でも特に応用範囲が広いのが「映像解析×AI」のテクノロジーです。
X線荷物検査支援技術
空港やイベント会場など高いセキュリティが必要な施設では、X線検査装置を使った手荷物検査が行われています。これまでもX線画像からナイフや爆発物などの危険物の形状、素材を識別して検査員に警告する機能は活用されていました。しかし最終的には危険物がない荷物も含め、すべての手荷物を目視検査する必要があり、短時間に大量の手荷物を処理できない課題がありました。
そこで日立はAIの画像解析技術を活用して、手荷物内の物品一つひとつの安全性を自動識別する技術を開発しました。本技術では深層学習による形状認識と、X線の透過量による質量推定を組み合わせた独自方式により、形状的には安全に見える物でも、材質や密度が一般的な数値からかけ離れていれば、改造や細工の可能性があると判断。目視による詳細検査を促します。
社内実験の結果、すべての手荷物を目視検査する場合と比べて、約40%の効率化が図れることを確認しました(図1)。
災害対策を支援する映像解析技術
日本をはじめとした多くの国や地域で、気象変動がもたらす洪水や土砂崩れなど、自然災害による人命や財産の被害拡大が社会問題となっています。災害発生時には、迅速な状況把握や、避難経路の誘導など、被害を減らす対策が求められています。非常時でもスピーディーかつ高精度な状況把握を実現するため、日立は航空画像やドローンなどによる空撮画像から、さまざまな災害属性を高精度に把握できるAI技術を開発しました。
この技術は、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)が主催する大規模映像の意味索引付け技術関連のワークショップ「TRECVID 2020」のDSDI Taskにおいて、世界トップレベルの精度を達成しています(図2)(※)。
※ 航空画像に対して、地滑り、洪水、車、船など37種類のラベルを付与するタスクで、公開データのみで学習する条件において
他社登録商標
本誌記載の会社名、商品名、製品名は、それぞれの会社の商標または登録商標です。